« 大統領に手紙を出そうって、ピーターさんが | Main | GP meets FJ in Hiroshima 1 »

田ノ浦ファースト・コンタクト

20091127004847.jpg
ヒロシマ平和映画祭でお会いしたYAさんに、祝島のパンフレット、「建てちゃうの?上関原発」というパンフレットと、祝島でとれたひじき!をいただきました。「いわいじま」ではなく「いわいしま」と読むことも知ったばかりのビギナー。広島で路面電車から日の丸を掲揚した中国電力本社の威圧的な様子を眺めたこともあり、ぜひとも、訪ねてみたい。しかし1日3便(高江行きのバスみたいだ)のフェリーでは、祝島に渡るのは時間的に無理。と、思っていたところ、いただいたパンフレットに、建設予定地である上関町長島の田ノ浦の簡単なマップがありまして、そこに「団結小屋」とある!

占拠で小屋といえば、伊江島、昆布、本部町、辺野古、そして高江!と占拠小屋マニアのはやる心を抑えきれず。最近のレンタカーはすべてカーナビ付きだし、OK、OK。行くしかないじゃないか。ということで行ってきました。(←アホです。この時点で。)
20091124115633.jpg カーナビに住所をセットしようとすると「該当する地図がありません」とのメッセージが表示され、一抹の不安もありましたが、ま、いっか、大丈夫大丈夫。要するに道がつながっている島の端っこまで行けばいいわけよね。(←さらにマヌケ。)
 道中で見かけた「活力ある豊かな町を原電で」の看板。原電を米軍基地に置き換えれば、沖縄本島北部東海岸のアイロニーと重なります。別の豊かさを求める世代が、すでに多く育ってきている現在、このかけ声は欺瞞に満ちたオトナたちの諦念でしかない。嘆息。

 さて。カーナビは、怠慢かましたわけではなく、田ノ浦は、上関原発の予定地なので、地図には含まれておらず、道の端っこは、四代という別の小さな漁港。つまり、途中から道はあるけどカーナビ圏外なのでした。四代の道ばたで、通りすがりのオジサンに尋ねると「あー、途中に分かれ道があったでしょう、あの先だよ」とのこと。ふーむ。そして、分かれ道まで戻って、意気揚々と先を進んだら・・・。マジで大変でした。車と殆ど同じ幅しかない崖っぷちの道で、対向車が来てしまって、崖沿いにバックしたりして。この先に進めるのかも判らず、いったん車を停めて先のほうまで歩いて確認したり。途中、放棄された朽ちかけた小屋があって、まさかこれが団結小屋?この先進んでも誰もいないのか?とか、だんだん弱気になり。(←本当は小心者なのでして)

20091124130844.jpg20091124131646.jpg
 途中で出てきた看板は、「発電所の敷地」とあるけど、その先にも、ぼつぼつと色が塗りつぶされていない地域が点在しているのが判ります。用地買収は完了していない。つまり、住民との対話は充分ではないことがよく判る地図です。なんて、その時はそんな心の余裕もなく、殆ど泣きそうになりながら、ヨロヨロとたどり着いたらそこは雨ふり(←あ、古いっすか)。

 じっさい途中で雨も降ってきて、ホント、帰ろうかーと思ったころに、道が終わり、数台の車が駐車してあり、車にはスナメリとか森を守れとか環境系ステッカーが!人の気配が!うわーん、良かった。ということで、ステッカーの効能を実感し、「あぁ!また次のステッカー企画を練ろう」と小さく心に誓いつつ、そこに自分も縦列駐車しました。警備員さんがいたので「こんにちわー」と、元気で平気なカンジを装ったのがバレバレなカンジで挨拶し、さらに10メートルほど山道を歩いて、ようやく団結小屋にたどり着きました。なんとなんと!立派なログハウスでしたよー。
20091124135322.jpg 20091124134221.jpg
ちょうど海から帰ってきた方がひとり。留守番の方がひとりいらっしゃいました。「ここから現場に行って下さい」と案内され、大人一人やっと歩ける山道を海に向かって下って下って、下って・・・えー。まだ歩くのかと、10分くらい歩くと、どーんと、工事現場が出てきました。
 
 ところが、そこでタイムアップ。広島に戻って車を返して新幹線に乗らなければならない時間に。しかも、金網に阻まれて立ち入り禁止なのかと思いきや、この金網沿いに、迂回路が続いて、浜の座り込み&監視現場に続いていたのだと、後から伺いました。沖縄からここまでたどり着いてあと数メートルで帰ってしまうという体たらく。。。ということで、現場直前の金網にタッチして、すぐに引き返したという絶望的に情けないマヌケなファーストコンタクトでした。(←すみません、ここまで読んで下さったかた。期待に応えないのが、合意してないプロジェクトの個性です。)
20091124134535.jpg
 広島で車を借りたのが9時半、途中でカンパのホッカイロなど買い物し、山道で心底びびりまくり、まさに現場(正確には現場の数メートル手前)に到着したのが1時半でした。帰りは、町に帰る人の車の後ろにくっついて走らせてもらい、2時に出て4時半には広島駅で車を返却。(←ぜんぜん参考にならない所要時間。)

 田ノ浦ではカヤックと浜での監視活動が始まっていますが、このような場所でもあり、参加者の確保が困難なようです。たどり着いてしまえば、ログハウスは大変立派で、調理場もあり泊まり込みで参加できる環境でした。沖縄から行ったらたぶん激寒だとおもう(←けど、ネコと毛布があったのを確認しました。(^_^))
 対岸の祝島からも、応援の船を出しているとのこと。時間をつくって祝島と田ノ浦に何日間かだけでも応援に行く人、いませんか。そのばあい、事前に連絡して調整をしたほうがよいと思います。虹のカヤック隊の電話など必要な連絡先を入手しておりますので、ご相談下さい。

 そして、私のようにひとりフラリと現場を見に行くばあいは、祝島に渡るか、埋立工事用のブイを出す予定だった、平生町の田名埠頭を見るというのが、まずは正しいビギナーの態度だったのかもしれません。いやーん、バカ。ナニゴトにも先達はあらまほしき。知らない場所に行くときは、現地の人に相談しましょう。はーい。突然現れた私を心配してくれたあのKBのオジサン、ログハウスでお会いした皆さん、帰りの車で先導して下さったHさん、ホントに有り難うございました。

 そして現場の最新情報は、ご存知、冨田貴史さんのblogのほかにも以下を参照。
上関原発を考える広島20代の会
ハチの干潟調査隊
虹いろHearts 上関原発を考える山口県若衆(わかいし)の会

以上、田ノ浦レポでした。