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4月29日ゆんたくインのお知らせ

るぅちゃんたちから以下のお知らせ届きました。


第2回ユンタクイン@るー占拠キャンプ
とき:4月29日(お休みの日)
   晴れたらお昼すぎから占拠開始
   ユンタクイン開始は6時ごろ
   雨天・荒天のばあいユンタクインのみ6時から屋根のあるとこ
ところ:琉球大学図書館前占拠キャンプサイト
※特設ブース「辺野古アセス意見書カキコデスク」を開設。
※占拠メシあります。鳥汁その他の予定。持ち寄り歓迎、投げ銭よろしく。
※テント、シュラフなど持参歓迎。

●ティーチインとは:ベトナム反戦運動渦巻くなか、大学キャンパスで始まった学生と教員の長時間討論集会のこと、ではないかと思う。名のある教授たちが教室を出て、キャンパスで学生と差しで対話するという感じが、学生運動のもたらした成果のひとつって感じで、イイ感じだったんじゃないかと思う。
●ユンタクインとは:語学カリキュラム問題渦巻くなか、琉球大学占拠キャンプで始まった、ご飯食べながら語らう長時間宴会のこと、かもしれない。ハワード・ジンなき琉大では専任教員が頼りないことが確認され、教える=教えられる関係は変幻自在、誰もが料理当番だったりした感じも、イイ感じだったのかもしれない。大学が「大学」たらんとする歴史がここから始まった!?


sukimavol2cover.00001.jpg<話題提供>
井上まゆも
「エクセレンスの中から、後へ?
:ビル・レディングスやランシエールから」
ビル・レディングスの著作the University in Ruinsは新自由主義時代の日本やアメリカでの「エクセレンス」というイデオロギーを批判的に見るための大事な本だが、同時に彼が教室という場での対話の重要性について思考していたことはあまり知られていないような気がする。レディングスの言うような、言説を共有しないような人々同士の対話や、あとはジャック・ランシエールが言うような無知な先生と外国人の学生の間の平等な関係というのが、どのようなもので、そして実際にそれはどうすれば今の時代の大学やその外で出来るのか、または出来ないのか、考える場所にしてみたい。

すきま通信vol1cover.jpg

新城郁夫
「沖縄と大学」
『小さな大学の大きな挑戦』で語られている沖縄戦後史に、この「やーらかい南の大学」は、いったいどんな足跡を残しえてきたのか。大学自治闘争史という切れ味鋭い刃で、るー大を切ってみると、その断面に見えてくるものは・・・(スミマセン、勝手に書きました。仮紹介文です)。

もちもちのき
「題して、沖縄ヌーマニア座談会!イェーイ◎」
沖縄だけで今回の占拠を括ることは不可能だけれども、あまりに「沖縄からの応答」は閑散としていた。何かが決定的に欠けていたと思えてならない。そこに起きていた分断の要因は何なのか。
 その点において新城郁夫のすきま通信vol2「大学をみつめるもの」は示唆的である。米軍と大学という問われるべき争点を縫い合わせる試みがなされ、さらにその先に見すえる読者に学生が見えてなかった何かをみている、ようにも思える。今回ゆんたく・インで試みるのは沖縄における「私たちの確認」である。ゆんたく・インでの無限の応答は確認と流浪の連続だ。流れながら、どのように「私たち」を縫い合わせることができるのか。みんなきてねー。

<るー大生からの応答、そしてゆんたくひんたくで夜も更けて。。。>