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March 31, 2007

4月16日高江ヘリパッド集会@東京

「やんばるの森を守ろう!米軍ヘリパッド建設を止めよう!!」集会
時:2007年4月16日(月)19:00〜
場所:南部労政会館の第六会議室 JR山手線・大崎駅で下車、徒歩3分
   会館の電話:03(3495)4915
主催:なはブロッコリー&沖縄・一坪反戦地主会関東ブロック(共催)
報告者:本永貴子(なはブロッコリー代表)
参加費:500円/お問合せ:090-3910-4140沖縄・一坪反戦地主会関東ブロック

 なはブロッコリーでは、このたび東京にて集会を開催することになりました。
 今、沖縄の東村高江区が米軍ヘリパッドに取り囲まれようとしています。

 小さな村は、この間も無灯火での夜間飛行訓練・ヘリの騒音・訓練中の米兵が銃を持ったまま庭に出てくるなどの被害があり、区民の総意を持って反対決議を行っています。また、このヘリパッド建設問題の起こっている北部訓練場は県民の水源地であり、ノグチゲラやヤンバルクイナなどの生活する世界有数の生態系の残るところです。
 
 お忙しい折だとは思いますが、ぜひご参加下さい。そして、ともに力をあわせてまいりましょう!
 なはブロッコリー代表 本永貴子
 

4月7日大学人九条の会

「新保守主 義の動向と沖縄—憲法九条をまもるために」
日時:4月7日(土)午後1時から5時まで
場所:教育福祉会館大ホール(那覇市古島)
参加費:500円
基調講演:渡辺治(一橋大学教授)
パネリスト:島袋純(琉球大学教授)、高作正博(琉球大学准教授)

 大学人九条の会沖縄では、結成1周年記念も兼ねて、「新保守主 義の動向と沖縄—憲法九条をまもるために」を企画しました。基調講演では、渡辺治氏(一橋大学教授)をお招きし、「安倍新保守政権の成立と改憲の新段階」というタイトルでお話しいただきます。その後のシンポジウムでは、島袋純氏(琉球大学教授)、高作正博(琉球大学准教授)も加わり議論をいたします。

 大勢の皆様のご参加をお願い申し上げます。
 なお、駐車場には限りがありますのでご来場はバスかモノレール(古島駅)からお越しください。

NYで合意してない!

NYC_rally_X.jpgNYで実施されたイラク戦争反対のデモに、合意してないプロジェクトも参加して来ました。その報告を以下に転載します。

<TYさんからのレポ>
みなさまこんにちは。
 先週の日曜、18日にニューヨークで行われた反戦集会で、『合意してない』ブースを出させてもらったTYです。報告が大幅に遅れてしまいました。すみません!!今ごろですが感想など少し書かせていただきます。

 前日の夜にミシガンからSFさんが飛行機で駆けつけてくださいました。我が家に到着してから色々なお話をして、初めてお会いするのに思いがけない楽しい夜を過ごせました。それから、翌日のためのブースの売り物の打ち合わせなども。中でも私が土曜日の日中にステンシルで作ったTシャツを見てFさん一言、「ホントに作ったんだー」(笑)。そうです、ほんとに『YANKEE STAY HOME, READ A BOOK』と書かれたTシャツ10枚ほど作ってしまいました。果たして売れるのでしょうか。それとも殴られるんでしょうか。

 Fさんはミシガンから『海にすわる』のDVDと『もう、いらない』のポストカードを持ってきてくださいました。そして、『辺野古アクション』(写真と文で説明された、とってもきれいな冊子)とこちらで作ったフライヤー、ポスターでのぞみます。フライヤーは、在沖縄米軍基地の存在・合意してないプロジェクトを説明するものと、Marines Go Homeを紹介したもの、の2種類用意しました。

 日曜日、寒くて風が強いです。最高で摂氏5度だそうです。残念。でも空はカラッと晴れました。
 1時ごろ、私とうちの旦那で準備のためブースの設置場所に向かい、Fさんとお友達はデモの出発地点へ向かいます。デモは2時から始まり、約1時間半でブースの集まるプラザに到着の予定です。デモの最中、ブースには誰かが待機していなければならないということで私はデモで歩くのを免れ。。いや、諦めたんですが、デモはとても楽しかったそうです。(SFさん、ご報告をお待ちしております!)

 ブースのほうは、通りの1ブロック全体に細長く続く広場的な場所で、各団体のテーブルがぞろぞろと並びます。40ぐらいのブースが集まったらしいです。私の周りのテーブルのみなさんは慣れた手つきでブースの飾り付け、フライヤーや物販の設置をこなして行きます。自分の準備の乏しさを目の当たりに。でも隣のTシャツショップのおじさんが優しく、強風で物を飛ばされないように手助けをしてくださいました。

 さて、風に飛ばされたりしているうちに、3時半ぐらいになってデモの先頭集団がプラザに到着し始めました。目立つ服装をした人々がどっと流れ込んできます。寒かったのが急に人の波で暖かくなりました。こちらのブースは、やはり今までの集会で目にしたことのなかったトピックというのもあってか、興味津々でいろいろな質問をしてくれました。大抵は、「あなたたちは何をしているの?」という質問がまず最初に飛んできました。U.S. TROOPS OUT OF OKINAWAと大きく紙に書いたものを貼ったのですが、強風対策のために張った場所が目立たなくなってしまい、遠くから見ると何を訴える団体なのかよくわからない、という印象があったようです。テーブルの前面に掛けたYANKEE STAY HOME, READ A BOOKのTシャツばかりが目立ってしまったかもしれません。反省するべき点です。しかし、しばらくの間は常にブースへ来る人が絶えなかったと思います。印象としては、「まだ沖縄にいるの?」という質問が多かったです。「まだいるの?信じられない」という言葉もいくつか出ました。「どのくらいの兵士がいるの?」とか具体的な質問には自分では答えられなくて、旦那(イスラエル人の日本史専攻の学生です)に助けてもらうことになる場面もありました。それから、「なんでいるの?」という質問にはやはり、政府の考えやポピュラーな一般論として言われている「安全のため」という文句等を引用したうえで、表ではそう言われているんですがね、という日本の中にある矛盾を説明する、という形になったかと思います。反戦集会に集まる人々の中でも知られていないんだな、と感じることが沢山ありました。
『辺野古アクション』をめくって説明したりもしました。実際に海の上で建設阻止の運動をしている、ということに驚く人たちがやはり結構いました。

 ある物静かなおじさんが一人、興味深そうにゆっくり物販やフライヤーを一通り眺めて、ぼそぼそっと何か話し始めました。日本政府に対する批判でした。彼の頭には、日本人がここでこういう運動をやっている=アメリカの政策に『日本』を代表して反対している、という構図があったようです。(ちがーーう!)そこで、私たちが訴えているのは単にアメリカ反対、ということではなく、日本政府の基地に対する協力も念頭においた抵抗である、ということを伝えようと努力しました。伝わったかどうかは定かではありません。。でもこれを通して思ったのが、やはりこの日この場所で伝えるべきメッセージは、まず、アメリカに対して出て行ってください、と訴えている人がこれだけいる、とか、沖縄の人々の生活を見てください、いうことではないかとなんとなく自分の中で思っていたので、大抵の人には、単純に「対アメリカ」の運動に見えたかもしれません。だからといってそれが批判の対象になる、ということではないでしょう。多くの人に短時間でわかりやすく伝えるというのは単純に伝えるということになってくるので。でもやっぱり問題の本質をわかってもらう、という点では難しい課題だなと感じました。やはり、沖縄や日本各地にある基地の存在自体があまりにも知られていない( 反戦デモに参加する人々の間でさえも)という事実は、少しショックですが、問題を一から伝えてから、という作業が必要なのだと思いました。

 正直な話、私は『伝言係』として動いている、というのはすごく感じたし、その点でブースに来る人が私に「沖縄のひとなのね」、と言ってきたところで、いや違うんです、と伝えるときに居心地悪い感じがしたのも認めなければいけません。(なんで自分はこの問題に関わるようになったか、とある人に尋ねられてそれを説明する、という場面までありました。)でも自分はこういう立場で間接的なアプローチをしている、ってすっきりと割り切ってしまう、というのが逆に心地悪くもあるのです。でも自分の現状は、やっぱりさっぱり割り切っているんです。(独り言ですいません(笑) 伝言係、と感じる理由は、沖縄での、日本での現状やこの運動の本質を自分が充分に把握していないからというのももちろんあると思います。想像力と、スピーチ力をもっとつければもっと人に伝えることができると思います。もっとみなさんとつながって行かなければいけない、と改めて感じました。

 話は変わって、ニューヨークをベースに活動する他の団体の人たちとも出会う機会がありました。隣のブースにいたのは、在フィリピン米軍基地に反対する若い人たちで構成されたグループ。物販の設置が終わった頃に真っ先に私たちのブースに来てくれて、連絡先を交換しました。彼らは以前からNYベースのキャンペーンを広げているようで、彼らの開くイベントにも是非来てよ、と言ってくれました。そして、連帯していきましょう、と約束。

 そして、韓国のおじさんが一人、声を掛けてくれました。平澤のことを話してくれました。彼からも連絡先をいただきました。

 物販のほうですが、Tシャツが4枚、『海にすわる』1枚、葉書が2枚売れました。Tシャツは私個人の勝手で作らせてもらったんですが、Tシャツの言葉を見て「そうそう、そうだよね」と同意する人や、いいね!と喜ぶ人が多く、嬉しかったです。個人的には、こういうアプローチの仕方、好きです。見た目のいいものでジリジリと愛想よく近づく、というか、消費主義にうまく乗って、といわれればそうかもしれませんが。。。(あーやっぱりアメリカ生活から得たものってこれなのか)

 とにかく当日はドタバタしてしまって、きちんと報告できてませんが、お許しください。でも、嬉しい、面白い出会いが沢山ありました。これから声を上げていくための大きな力になっています。まだまだこれから学ぶことが沢山あります。

 ありがとうございました。長文乱文失礼いたしました。
 TY

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<SFさんからのレポ>
 デモ行進は、午後2時からミッドタウンを2時間弱かけて練り歩きました。 公式発表の参加人数は分かりませんが、多くの人々・団体が参加して いて、それぞれの立場から反戦を唱えるという感じでした。教会関係、 学校関係、フェミニストのグループ、反戦・反基地運動に関わっている団体などなど。2年前にタイムズ・スクエアの米軍リクルート・センターの前で座り込みをして話題になったおばあちゃんの団体Granny Peace Brigadeも参加していました。

 中には戦争支持のグループもちらほら見られました。道路の脇で顔を 隠して、「米兵は使命を果たして、それから帰ってきて」というメッセージを 書いた大きな横断幕を掲げていたりして、行進者の中から「使命って 何よ!」と声が飛んでいました。

 ブースの様子は、Yさんが報告してくれた通りです。デモとブースの 様子を写した写真を添付しましたのでご覧ください。(ちょっと順番が 前後していますが) 売り上げ金の62ドル(Tシャツ4枚、DVD1枚、ポストカード2部)と、 以前ミシガンで集めたカンパは、近日中にそちらに振り込みたいと 思っています。

 Yさんも言っていたように、沖縄以外での、沖縄出身ではない人に よる運動のあり方を、色々と考えさせられた一日でした。こだわる人は こだわるのでしょうし、もちろん何かと問題もあるのでしょうが、こうした 問題に対する認知度が驚くほど低いことを考えると、日本国内だけで なく海外でも、沖縄の問題を広く発信していく必要があるなーと痛感 しました。私個人としては「何もしないよりはマシ」という至極シンプルな スタンスで関わっていくしかないのではないかと思っています。

また何か機会があれば、Yさんたちやその他の人々と一緒に色々やりたいと思います。

3月28日県庁行動

県庁でのアクションについてプロジェクトメンバーから報告が届きました。以下に転載します。
国が強行しようとする「事前調査」についてなぜ反対するのか、具体的な内容は、maxi's pageで詳細を知ることが出来ます。


沖縄の新聞二社が報じている通り、キャンプシュワブ沖の環境調査のために、防衛施設局が、「公共財産使用協議書」を県庁に提出に来ました。その動きを察知しての緊急行動。県庁11階の土木課が窓口です。私はここには間に合わず、その後に設定された、ジュゴン環境アセス監視団の記者会見に同席しました。お仕事帰りに駆けつけた方、さらにその後の食事会に駆けつけた方、ありがとうございました!!

阻止行動は、緊急だったために人数は少なかったものの、理路整然と、防衛施設局が提出した使用協議書がいかに違法なものであるかを訴えたそうです。
記者会見の内容の一端は、琉球新報HP http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-22488-storytopic-3.html
でどうぞ。(タイムスは、ネット版には掲載なし。本紙には記事がありましたよ)


日本政府と沖縄県が、県庁の縦割り行政を利用して、環境アセスメントの前倒しをしようとしている、とんでもない話です。

環境アセスでは、本来ならば、どのような施設を作ろうとしているのかを明らかにしたうえで、

・ 調査自体が環境に負荷を与えないように、どんな方法で現在の環境の調査をするのか
・ どんな方法で施設を作る工事をするのか、それは環境にどのような影響があるのか、影響を与えないためにどのようなことをするのか
・ 施設が作られたあと、どのように運用されて、それは環境にどんな影響を与えるのか、影響を与えないためにはどうするのか

という三点をクリアにして、事業者は説明責任を果たす。さらに、住民の意見、自治体の意見を尊重し、反映させる。そうやって、環境を保護してゆく。というものです。

現在、防衛施設局がやろうとしているのは、環境アセスの手続きがまだ全然、とっかかりさえできていないのにもかかわらず、環境アセスで必要になってきそうな調査項目を、先に調査しておきたい、というもの。
「必要になりそうだ」というだけで、実際にはどんなものを作るのかすら決まっていないし(滑走路の長さすら、名護市とも合意できていない)、政府と県および名護市は、滑走路位置をどれだけ陸から沖合いにするかで折り合いをつけていないので(裏で「密約」があるかどうかはさておき)、それだけ広範囲にわたる調査が必要になります。つまりは、私たちの税金の無駄づかいです。

要するに、いま国がやろうとしているのは、設計図もないのにお家を建てるための基礎杭をあちこちにうちたてるようと、めったやたらと穴を掘るようなものです。でたらめです。
海での調査をするのに、沖縄県が権限をもっている「公共財産」(=海)を「使わせてね♪」と言ってきているのが、今回の「公共財産使用協議書」です。
自分の大切な家を、どんな人が何にどう使うかもわからないまま「どうぞ、どうぞ、ご自由に」と差し出す人がいるでしょうか。

県庁がとるべき態度は、「イヤイヤ、貴方たちがやろうとしていることは、環境アセスのための調査だから、ちゃんとアセスの方法書(どんな施設を作るためにどんな調査をやるか、その方法を示したもの)を準備してから来なさいね」と、使用協議書を施設局にお返しし、お引取り願うことです。

県庁は、「公共財産」、県民の財産を、守る仕事をきちんとしてください。

「手続き上問題ないから」と、公共財産の使用を許可するならば、沖縄県、そして仲井真知事は、県民を、沖縄を、守る仕事を全然していない、「自治」を放棄していることになります。

先日、米軍ヘリパッド建設問題で東村高江区を視察に訪れた仲井真知事は、「建設予定地が予想以上に住宅に近くて驚いた」と発言をしましたが、アセスの最終知事意見書を出してしまったあとにそんなことを言って、失笑を買いました。高江区の人々は、「知事意見書を出す前に、現場に、地元に視察に来て欲しい」と必死に訴えていたのに、それをやらなかったのですから。

閑話休題。これからも、この事前調査の動向に、関心を寄せていきましょう。
長文失礼しました。

okiwikiの機能を合意してないWebへ

沖国大が米軍に占領された2004年以来、ある程度の役割を果たしてきたokiwikiサイトを閉鎖しました。これに伴って、沖縄の基地問題その他に関する情報共有掲示板の機能を、こちらの「合意してないプロジェクトblog」に移行することにします。理由は単純で管理人が共通で、忙しいからです(>_<)。プロジェクトとの区分はカテゴリー名である程度腑分けするつもりですが、関わっている顔ぶれが重複していることが多いのも、「合意してない」特色だとご理解下さい。今後ともどうぞ宜しくお願いします。

March 22, 2007

「エクアドル会議に行きたい」プロジェクト

blogでは事後報告となりましたが、合意してないプロジェクトは、世界反基地会議エクアドル会議に行くぞ!という人を派遣するプロジェクトを実施しました。寄付を募って、1名をフルサポート、1名の一部資金提供となりました。
エクアドル会議については→ No Bases International Network for the Abolition of Foreign Military Basesを参照。
3月20日(火曜日)にはQABのステーションQにて会議の様子が報道されました。合意してないPメンバーの撮影した映像が使われましたよ!後日、参加者からのレポートをまとめてUPしようと思います。

PMF報告

今年もピースミュージックフェスタは、参加して辺野古の浜に立った
沢山の人たちにいろんな想いを残しながら無事に終了しました。
→PMFのblog http://peacemusic.ti-da.net/
ボラスタ、参加アーティスト、お客さんたちの感想など集まりつつあ
ります。ときどき覗いてみて下さい。ほかにも沢山のblogで、PMFの
感想を見ることが出来ますね。

ボランティア・スタッフは、フェスタ当日の会場でも登録があり正確
な人数を把握することも困難なほどでした!概数ですが1日に140名
ほどのボランティア・スタッフが、駐車場整理、ゴミ清掃、会場受付、
フードブースや物販ブース、エコ食器洗浄、などなどで活躍しました。
合意してないプロジェクトからの呼びかけによる参加者だけでなく、
いろんなルートをたどってボラスタに加わって下さった皆さんに多謝!

終演後の片づけヘルプも「恒例」となった!?ようで、最終的にはお
客さんもみんなボラスタ状態。駐車場へ向かうシャトルバスも、片づ
けを手伝って下さる皆さんを配慮した運行スケジュールでした(^_^;)。