阿部小涼「記憶する/記録する:ドキュメンタリ映像の方法と解釈」

※『けーし風』第43号(2004年6月)に掲載されたものを、許可を得て一部改訂しています。



 ニューヨークでは、5月のトライベッカ映画祭と10月のニューヨーク映画祭が、世界各地の気鋭の映画を大量に観ることが出来る貴重な機会である。なかでもドキュメンタリ映画部門は、筆者の楽しみにしているもののひとつだ。こうした機会を捉えて観たふたつの作品に、「記憶」について考える契機を得たように思う。

 ひとつは、リティー・パニュ監督「S21:クメール・ルージュの虐殺者たち」。ポル・ポト政権下カンボディアのS21と呼ばれた捕虜収容所で起こった虐殺を考証する作品である。生き残った人と虐殺に加担した人とを、収容所跡地で対面させ、何が起こったのかを当事者に再現させる。監督パニュは、全てを理解するとは赦すことと同じだというプリモ・レヴィの言葉を引きつつも、それが困難な途であることを示す。虐殺の記憶という題材だけでなく、それをいかに考証するかという点で、この映画は、クロード・ランズマン監督作「ショアー」の方法を想起させる。もう一度その行為を身体的に再現することは、「ごく普通の人々」が行った残虐行為、「極限状態で、圧倒的な支配下で仕方なかった」行為を、敢えて日常のなかに引き戻す試みである。むろん、これを支えているのはカンボディアの現在に根ざした問題意識である。和解(reconciliation)の困難なプロセスの中で、それでも対話を試みること、そのひとつの方法的帰結として、この作品はある。

 もうひとつは、マイケル・マクヒュー監督「あてにならない証言者」(An Unreliable Witness)。これはアイルランド系アメリカ人のマクヒュー初監督作品となる長編ドキュメンタリ映画である。一九七二年北アイルランドの都市デリーで、公民権運動のデモが英国軍によって弾圧され一四名の死者を出した「血の日曜日」事件が起こった。ブレア政権下の現在、事件の詳細を明らかにする試みが進行中である。この作品は、そこで証言者として立った、ディヴィッド・テレシュチャックの視点で語られる。英国生まれの彼は事件現場にジャーナリストとして居合わせた。その職業意識と運動側への共感から、正確な証言を決意するが、記憶の端々に、後日確認された「事実」と噛み合わない事柄を発見してしまう。そこで事件後初めてデリーを再訪し、関係者から話を聞き、自身の記憶の再構成を試みるのである。記憶や証言の不確かさとどう向き合うのか。再検討委員会の「公式」の結論ではなく、自分たちが考証した「真実」に真摯に向き合おうとする作品だ。ふたつのドキュメンタリはいずれも、被害の側からの記録の不在に起因する「未解決」の事件について扱っている。抑圧の記憶を再構成する試みは、現在を闘うための記憶の政治学の実践に他ならない。

 記録映像ということで言えば、このところの米国メディアを席巻しているのはイラク人捕虜拷問映像の露見に関するものだ。こちらは、さしずめ加害の側の記録がもたらす意図せざる顛末である。まだ明らかにされるべき部分が多い現段階だが、スーザン・ソンタグは『ニューヨーク・タイムズ・マガジン』誌に論考を掲載し、理解の手掛かりを示した。彼女によれば、残虐行為の記録写真という点で比較可能なのは、アフリカ系アメリカ人に対するリンチを「記念」して数多作られた絵葉書だという。またごく普通の米国人市民が日常に触れるゲームやポルノグラフィの図式が、撮影の構図に適用されていることなどを指摘し、「戦場」「極限状況」「命令下」ではない日常の中で米国に潜在してきた残虐性に目を向けようというのである。

 ところで、この号の表紙は白い背景に"THE PHOTOGRAPHS ARE US"という言葉が配され単調なだけにインパクトがあった。雑誌はある種の「警句」としてこのことばを選りすぐったように見える。「我々アメリカ国民」への警句。「ここに写っているのは、我々自身の姿だ」。文意からすればソンタグが言う「我々」とは、歴史を通して他者を抑圧して来た「我々」を含意している。彼女は別の論考で、被害の現場からは距離を置いた「我々」の批評を行っており、複数の一人称使用に充分に自覚的である。「他者の苦痛へのまなざしが主題であるかぎり、『われわれ』ということばは自明のものとして使われてはならない」のである。写真に写っているのは、拷問によって縛られたイラク人捕虜の苦痛である。命令に縛られた下級米兵の表情に「我々」の痛みを見出す安易さではなく、トリミングされ隠蔽されている、撮影者としての「我々」について、批評の力を行使しなければならないだろう。

<参考>


abekosuzu


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Last-modified: Thu, 05 Jan 2006 15:37:19 JST (5036d)