阿部小涼「戦争と市民権」

※『けーし風』第39号(2003年6月)に掲載されたものを、許可を得て一部改訂しています。



 去る四月五日ニューヨーク市のハーレムで、イラク戦争に反対するデモ行進が行われた。ニューヨークに多いアフリカ系アメリカ人のイスラム教徒組織、改めて組織を立て直しているというブラックパンサー党、労働者組織など多くのアフリカ系団体が、反戦連合(The Black Solidarity Against the War Coalition)を結成して企画したものである。この戦争を「人種主義者の戦争」と捉え、「人種主義政府と大企業によって依然として人権を踏みにじられているのは、我々の子供たちや家族だ」と主張した(この件については別の場所で短く紹介したので参照されたい)。


 この反戦マーチにも登場して演説を行ったチャールズ・ランゲル連邦下院議員(民)といえば、徴兵制の復活を求める法案を提出して賛否両論を呼んだ人物である。ハーレムを支持基盤とし連邦議会の黒人議員派閥の中心的存在でもある彼は、軍隊の、特に下士官の人種構成がアフリカ系とマイノリティに偏重していることを指摘し「白人も黒人も平等な負担を負うべきだ」という主張を展開したのである*1


 ニューヨークでは、戦争への不支持がマイノリティに多いという傾向もたびたび指摘されていた。そこには、「われわれ」の人権が蹂躙されているのだという主張があった。戦時に愛国心の表明がなかば強制されるような雰囲気のなかで、「国民として戦争に反対するのだ」という声も聞かれた。戦争に反対することは、米国市民としての権利を守ることを意味していた。戦争への支持も不支持も、いずれも国を愛する気持ちから起こることだ、と結論することで落着する。このような語り方は、日系移民史のなかで長く伏せられてきた徴兵拒否者の存在を受認するコンテクストにも見られた。「ナショナリズムの語り」が、左右を問わずあまりにも強く支配していることに逡巡を覚える。


 同じ頃、ハーレムのさらに北側に位置するワシントンハイツと呼ばれる地区では、地元出身の兵士が遺体となって帰還した。戦死した二六歳の海兵隊員リアヤン・テヘダは、ドミニカ共和国からの移民であった。残された家族の悲しみを伝える以上に、連日放映されたニューヨークのテレビ報道の内容は、その彼を英雄として賛美するものであった。葬儀の行われたワシントンハイツの聖エリザベス教会で、ニューヨーク市長ブルームバーグは「彼はアメリカ市民ではなかったが、ニューヨーク市民」であり「全ニューヨーカーの英雄」なのだと讃えた。テヘダはアメリカ合州国市民権を得ていなかったのである。


 米軍における市民権を持たない者の入隊は、今日に始まったことではない。第1次大戦以来、二十七万人もの人々が軍役に就くことによって市民権を獲得してきた歴史がある。軍隊に志願することは、じっさい、市民権取得への近道と言われている。通常、永住権を持つ者が市民権を取得するには五年間の米国滞在が条件とされている。軍務に就くとこの期間が三年に短縮され、兵士とその一親等以内の家族に市民権が認められるというのである。さらに、二〇〇二年七月にはブッシュの大統領命令により、九・一一以後に軍務に就いている永住権所持者はすぐに市民権認定の資格を付与するとした。これによって一万五千人が市民権取得の資格を得て、六千三百人が市民権の申請を行ったという。防衛局(Defense Departments)の発表によると、米軍(予備役ではなく正規軍)には現在、三万七千人の市民権を持たない永住権所持者が所属しているという。これは米軍全体の五パーセントにも上る。かれらの三分の一はメキシコその他のスペイン語圏からの人々で構成されている。また、ニューヨーク市で見れば兵役募集状況のなかで移民の占める割合が、海軍で四〇%、海兵隊三六%、陸軍二七%とも言われている。しかし市民権のないこれらの兵士は、「保全許可認定(国家機密へアクセスする許可)」を得られない。この条件が、上官への昇進を阻んでいる。換言すれば、移民兵士ほど下士官として戦闘の最前線に送られ易い状況がつくられているのである。


 イラク戦争の戦死者の一割は、アメリカ生まれではなかったという。その中には一〇名の市民権を持たない永住権兵士が含まれていた。少なくとも六名が死後に市民権を付与された(家族へのには認められなかったというが)。永住権兵士を英雄視する世論の背後には、その「国」に捧げた尊い死に対する恩寵として市民権を授けるという高見に立った感覚があり、「アメリカ合州国市民権」が命に値する羨望の対象であると当然視するような価値観が支配している。従軍を「市民権」や「上昇」の機会と捉える移民やマイノリティの行為を、生存戦略やしたたかさと解釈するときに、このような市民権に対する価値付けは自明のものとされてしまう。生きるために、海の向こうの殺戮に荷担することの欺瞞に、かれらがどのように対峙しているのかという点は見失われてしまう。リアヤン・テヘダの家族は無くなった息子への市民権の「名誉」を拒否した。テヘダの父は「もう遅すぎるよ。紙切れ一枚で息子が帰ってくるわけでもない」と言った。


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*1 この件は日本の新聞でも報道されている。福島申二「米軍支えるマイノリティー」『朝日新聞』二〇〇三年四月一七日)。

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Last-modified: Thu, 05 Jan 2006 15:37:22 JST (5981d)